映画 JOKER[ジョーカー]をやっぱり語りたい。壊れる事で完成する特異なストーリー。

映画 JOKER[ジョーカー]をやっぱり語りたい。壊れる事で完成する特異なストーリー。

もうすでにいろんな方が映画JOKERについて感想や考察だったりをしていますが
それらを読むのも楽しい。

あーそういう解釈も出来るか。
そこはそうなのか?

等、共感や否定が入り乱れる。それだけこのJOKERという映画が人々に
『何か』を届けたのだろう。

私自身もそういった『議論』のようなものを、誰かしらに投げかけたい。混ざりたい。

心優しい主人公の闇落ちというのはミスリード

まず、映画紹介によく書かれている
『心優しいアーサー(主人公)がなぜ悪のカリスマJOKERになったのか』
という宣伝文句だが、ちょっとこれはミスリードだとおもった。


アーサーは障害を持っている。緊張等の気持ちの高なり?が起きると
『笑ってしまう』という精神障害。
カウンセリングに通い、大量に薬を服用し、症状を抑えている。

そういった境遇もあるので、おそらく普通の仕事も難しく
割と金銭的にも余裕の無い生活だし
認知症気味の母親の面倒も見ながら生活している。


というような境遇だ。
もうそもそもスタート地点で結構暗いのだ。

金銭的な弱者、親族の面倒を見ているというような境遇はすごくリアルで
おそらく今の30台中盤ぐらいの人には何かしら感じる所はあるんではないだろうか。

しかし、まずこのスタートの時点で『障害を持っている』という点で
初見のワタシは

「その時点でちょっと一般的な感覚とは違うよな」

と感じた。
語弊があるかもしれないが、開始30分の時点での主人公アーサーの姿は
割と私たちの普段の生活の範疇にいる

『割とヤバめな人』

という感じで表現されている。
ヤバめという表現はすごく語弊がありそう。。
不安定な感じという方がマイルドかもしれない。

割とヤバめで不安定な人が主人公

映画冒頭のシーンで、バスで移動している際に目があった前に座っていた子供に対して
アーサーはいないいないばぁ的な動作で笑わせる。
しかしそれに気づいた母親は気味悪がり『かまわないで!』と強い口調でアーサーに言い放つ。

それを受けアーサーも『すみません…!』と萎縮するのだが
そういった場の『緊張』や『心が動いた』際にアーサーは
『笑い出す』から、周りは余計に気味悪がる。

アーサー自身もそれが一般的な人々の生活の中では『イレギュラー』なのは理解しておりそれに対して『私は障害を持っていて、いきなり笑い出します、ごめんなさい』的な事を書かれた、ラミレートされたメモまで持ち歩いている。

バスの中一人大笑いをしてしまうアーサーと
それを見て恐怖や不安のような感情を持ちながら、狭い空間を共有している一般人。

こういった場面は私自身も何回か経験がある。
有り体にいうと、こういった場面に遭遇すると

真っ先にこれまでのそういった方が起こした事件を連想し、不安や恐怖を感じる。
そして、不安や恐怖を感じてしまった事に大して罪悪感というものを感じる。
モラルと何かしらのせめぎ合いのようなものを感じる。

前述した『割とヤバめな人』という表現はこういった部分につながってくる。

『もしかしたらやばい事をする人かもしれない』

という不安感をそもそもこのアーサーからは感じるため、映画紹介であった
『心優しいアーサーが…』というのはミスリードだと感じた理由だ。

なので当初は
「そもそもちょっとぶっ飛んでる主人公なんだから、このアーサーがJOKERになるっていうのはちょっとストーリー的に卑怯じゃないか?」と感じてしまった。

しかし、映画を見終わって思ったが、この設定ではなく
映画紹介のように
『心優しいアーサーが絶望してJOKERに』
という背景だったらば、この映画はかなりの凡作になっていたんじゃないかなと
思った。そんなありきたりなプロットではつまらなかっただろうなと今は思う。


冒頭30分は不安定感、恐怖感だけが延々と。

冒頭30分はひたすら暗く鬱な感じが続く。

社会的に弱者という立場ゆえに蔑まされ、嫌な思いをとにかく一杯する。
そして見ているコチラ側も、こんな不安定な人が、こんな生活を送っている事で
いつこの主人公アーサーがプッツンしてしまうのかと割とハラハラとする。

正直、この30分を耐えられない人も大勢いるだろうなと思う。
映画館でもこの冒頭30分の空気感は「うわぁ…なんか…うわぁ…」
という感じだった人も多かったと思う。私自身も含めて。


プッツンしてからはものすごいスピード感のある映画に。

そして案の定主人公アーサーはプッツンする。
色々あって会社もクビになり打ちひしがれながら電車に乗っていると
パリピというか、学園モノのドラマだったらアメフト部でスクールカースト上位だったであろう的な若いリーマン3人が、酒にでも酔っているのか悪態を付きながら電車に同乗している。

リーマン三人は若い女性にちょっかいを出し、女性はちらっとアーサーの方に助けを求めるかのように視線を送る。

しかし貧弱で弱気なアーサーには、そんなオラオラ系パリピに対してどうする事も出来ない。アーサーの表情が一瞬、申し訳無さそうだったり、情けないようだったり
そんな感情を持っているかのように見えた瞬間

いつもの笑いの発作が起きる。

社内に響き渡るアーサーの笑い声。

「オィオィ何がおもしれーんだよー」的な感じでオラオラ系がアーサーに絡みだす。
いつもの、笑っちゃいますカードを取り出そうとした刹那、やっちまえ!といった感じでオラオラパリピ3人にボコられるアーサー。

話の序盤にも、若いティーンエージャー達にからかわれ、ボコられ、財布まで奪われたアーサー。ひたすら股間を守りながら耐えたアーサー。
もうそのシーンとまったく同じである。

耐えれば終わる。耐えれば終わる。耐えれば終わる。
そういったアーサーの心の声が聞こえてくるかのようだった。

しかし、この時のアーサーには、これまでとは明確に違う点があった。
銃を携帯しているのだ。

なぜ銃を携帯しているかというのは割愛するが、この銃がことの発端であり
そして文字通り引き金となる。

このシーンは本当に怖いと感じた。
銃を取り出した瞬間、暴発気味に相手へヘッドショット
驚きよろめいた二人目にも数発打ち込む

これまでのスローで暗い物語が一変、とてもつもないスピード感のあるシーンだった。

不安定な人間がいつプッツンするかわからない恐怖。そしてプッツンした時のスピード感と呆気なさ。

これはあくまで”個人的にそう感じた”ことなので、語弊があるかもしれないが
実際の世の中で起きた陰惨な事件。そういった事件の現場ってこんな感じのスピード感だったのかな…と非常に怖く感じた。
日本でも比較的近い時期に、世間を騒がせた事件等が重なるようだった。

このシーンの演技は個人的に色々な意味で "印象に残っている"
2人を突発的にやってしまったアーサー。自分でもその呆気なさと速さにびっくりしているし、何かやばいことをしてしまった!どうすればいいんだ!と慌てふためきながら

一瞬手に持つ銃を自分のこめかみに持っていき、すぐ下ろすシーンが
個人的にはすごく印象的だった。

ドラマや映画なのかどこで見たのかは知らないが、人を殺してしまった→自分も死ぬべき?

という、何というか、その辺の咄嗟の感じとかは
その辺の一般人と何ら変わらない所等が垣間見えるシーンで
個人的には、すごく深いものがあるシーンに感じた。

もちろん、混乱しているし、自死することも出来ない。
そんな中、二人を目の前で殺され焦りまくるパリピ。

ちょうど電車が止まり逃げようとした所、アーサーの顔が再び怒りに満ちたような顔になる。

足に銃を打ち込み、這いつくばるパリピ。

なんとか這って逃げるパリピに対して、これまた恐怖感を感じる
もやし系な男のつかつかと迫りくる感じのあるきかた。
階段でコケた所に数発打ち込み止めを刺す

また我に返り、自分のやったことを再認識したアーサーは
とにかく逃げなければという感じで地下鉄からダッシュで逃げ
とある公衆便所?に閉じこもる。


ターニングポイント

公衆便所内で一人己のやったことを再確認するアーサー。

人を殺してしまった。
女性に迷惑をかけ、自分にも罵り、暴力を行った奴らだった。
これまで自分を邪険に扱い、排除してきた世の中。
絶対に逆らったり超えたりすることは出来ないと思っていた存在が
銃の引き金を引くだけであっけなく死んでしまった。
こんなに簡単なことだったのか…

そんなことを思ったのかもしれない。
このシーンでアーサーは一言も言葉を発さない。ただ、アーサーは踊りだす。
達成感にみちみちた顔で。消して上手くも無く、ただただ悦に浸るような感じでくねくねと踊るアーサー。

鬱々とした30分から、いきなりの展開。
アクション映画でも無いのに、スピード感といったものを強く感じた。

この映画のターニングポイントはおそらくこの部分だろう。

「人を殺す事"も"出来る」

その選択肢をアーサーが手に入れた(という言い方はあってるか…)事で
JOKERという存在につながっていく、そのスタート地点になったと思う。


壊れきって完成する。

ここからのストーリーは
これまでの鬱々とした展開とは違い、よりドラマチックになっていったように思う。

ここで私自身すごく不思議だったのだが

アーサーのダンスシーン以降、安心??して見られるようになったという事。

この後のストーリーもなかなかにヘビーだし、鬱な内容満載なのは変わらない。

でも、当初の

「不安定な人がいつプッツンするかわからないドラマ」

という恐怖は、ダンスシーン以降

「不安定でプッツンしててヴァイオレンスで人も殺っちまう人のドラマ」

に変わっているからため、"逆に"そういったものとして安心して見ていられた。
ドラマチックな展開になるというのが正しいか??
もちろんチープになったという事では無い。

己の出生の秘密から、アーサーを含む、全体的な環境の変化など
一つ一つが重くヘビーではあるが、上手く混ざり合い物語は進んでいく。

そして、最後アーサーはついに「JOKER」として成る。

『壊れきったものが完成』という矛盾した状態が面白い。
そして、それはカタルシス?に近いものに感じた。

やっとJOKERになったじゃん!みたいな。変な感じだけど。

おそらくこれは意図的なものだと思う。

アーサーとしてのシーンは暗く、寒々しく、どんよりとした映像が続くが
JOKERとしてのシーンは色鮮で、暖色的な色彩で、クッキリとした映像になっていたように感じた。
後半の、警察に捕まり連行されるシーンはまさにそれ。

  • アーサーというJOKERが起こした狂気
  • それに"勝手に"反応し、共感してしまった大衆
  • 混沌に満ちた世界

そんなめちゃくちゃな状態を
まるでクリスマス映画のようなキラキラ感で演出していた。


ストーリー最後の解釈について。

色々あって、最終的には捕まり、精神病院に収監されるアーサー。
バットマンの世界観でいうと、この病院はアーカム・アサイラムだと思う。

ただの精神病院では無く、凶悪な犯罪を犯し行く所も無い精神疾患者も入る所
みたいな設定だったと思う。
カウンセラーみたいな人と面談をしているシーン。

このシーンの解釈で
この物語は全てアーサーの妄想・ジョークだった

とも取れるような終わり方をしているとの事。


「面白いジョークを思いついたんだ…」

とつぶやくアーサーにカウンセラーは
「聞かせて」

というが、アーサーは

「理解できないさ…」

と返す。画面は切り替わり、真っ白な病院の廊下を歩くアーサー。
足の裏には血がついており、歩くたびに血で足跡が。

ムーディーな音楽とともに、病院のセキュリティ的な人に追われるアーサー。
一見トムとジェリーのような追いかけっこをして、よくあるコメディ映画のように
ワイプアウト?して消えていく。


これがこの映画のオチ部分で、物語の一番最初のシーンと
このシーンは繋がっている

というような解釈をしている人もいた。

なのだが、私自身、この解釈には至らなかった。というか私はこの映画を2回見たのだが

1回目はそんな事は気づかず、2回目は、その情報があった上で見ているにも関わらず
そういった解釈になるのが流れ的によくわからなかった。

まぁでも、ストーリーの根幹に関わる「妄想・ジョーク」という要素が絡むので
そういった〆で捉えるのも面白いと思う。もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

この最後のシーンについては、制作側も言及してて、どちらと明言はしていないものの
明確な答えというのはあるらしい。

個人的には、大事件を起こし、逮捕され、収監されたという
一般的な解釈の方がしっくりきたのでそちらが答えだったと思っている。

というか、ストーリーとして極上だったと個人的に思ったので
これを、妄想でしたというオチにはしたくないなと思った。